今回話題となったのは、講演の最後の質疑応答でステンレスの溶接における鋭敏化現象を詳しく説明してくれというテーマです。

 

SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼の溶接において、溶着部の周囲「熱影響部・溶接二番手」が加熱冷却時において、結晶粒界にクロムカーバイド(クロムの炭化物Cr23C6 )が析出し耐食性を劣化させ脆化させる現象、本来クロムは酸化クロム(Cr2Oを主体とする飽和水和物)が表層皮膜となって耐食性を発揮しなければないのにクロムの炭化物になってしまう現象の説明をしたところ、かわいい女の子が質問してきました。

 

どうやら現在デザインしている製品に溶接個所があったようで、名刺交換して後日具体的に詳細打ち合わせをすることにしました。

 

この会社は既に私の会社のステンレス材料を購入してくれているお客様でしたので技術サービスというわけです。

 

彼女はミャンマーから家族全員で脱出し、政治難民としてシンガポールに移り住みNGO団体の支援で高専を卒業しこの会社に就職したそうです。

 

当時ミャンマーは軍事政権で言論の自由のない東南アジア最貧国でした。

 

外資系大手金属加工会社のデザイナーになれたという身の上話を聞きました。

 

彼女は板ばねを用いたスイッチ部品を設計するに当たり根元をスポット溶接で固定しようとしていました。

 

結晶粒界に、接鋭敏化現象でクロムカーバイドが析出するため結晶の結合強度が弱くなり接合部がもろくなる現象なので機械的接合にするようにアドバイスをしました。

 

樹脂一体成型にするか、ねじ止め・かしめにすることを提案しました。

 

最近ではレーザースポットやコンデンサータイプスポットなどを用い、短時間に強大なエネルギーを付加し極小溶接部を形成し熱影響(鋭敏化)部を出来るだけ少なくすればSUS304でもスポット溶接で強度を維持できる場合が有ります・・・耐食性は問題ありますが。

 

あるいは設計変更したくなければ、ステンレスを低炭素鋼やTiを添加した安定化鋼種を選ぶ必要があります。

 

すなわち含有炭素量が0.010.03%レベルのSUS304LSUS316L、さらにSUS321というチタンを含有した合金が適します。

 

これらの合金の選択の基準はそれぞれの使用環境における基本的な耐食性を考慮して決定します。

 

因みに同様の現象で、日本で公害事件が発生しています。

醤油メーカーでSUS304の溶接継ぎ手部分に穴が開きパイプ内部の醤油にパイプ周囲に満たされていた人体に有害な冷却用油PCBが流れ込みそのまま市場に販売してしまった公害事件です。

 

工場内の醤油搬送パイプ継ぎ手にはSUS304SUS316Lの両方が使われておりSUS304の溶接継ぎ手部分に粒界腐食を生じ穴が開き食用油にPCBが混入しました。

 

SUS316Lを用いた溶接個所には腐食は発生しませんでした。鋭敏化現象のリスクを設計者は知っていながら部品の手配ミスでこのようなトラブルを発生させてしまったのです。

 

このような事例は原子力発電所の利用する海水の冷却水系配管工事での漏水トラブル事例も時々あります。

 

この場合は工事ミス・材料ミスと海水中の塩素成分による孔食の発生も絡んできます。

 

一般的には構造物をステンレスを用い溶接を伴って製造するときはSUS430J1LSUS436LSUS304LSUS316LSUS321などを使用することが薦められます。

 

前述のように溶接技術によって対策可能な構造例も有ります。極狭い範囲の鋭敏化の発生で実用上全く問題無いケースも多々あります。Tig又はMig溶接で出来るだけ溶接ビードを狭くして急冷する、最近ではレーザー溶接でビードを極端に狭くし急速溶解・急冷で鋭敏化範囲が殆ど無い状態で、SUS304で粒界腐食の発生を防止出来ます。

 

注射器の針はSUS304TigMig.レーザー溶接+引き抜き工程で製造しており鋭敏化・粒界腐食は発生していません。後工程の引き抜き+熱処理工程によって溶接個所は正常な金属組織となります。ただアメリカの規格ではSUS321を指定する場合や、SUS304でも炭素とニッケルなどの含有量を注射器メーカーが特別に指定している場合もあります。

 

つづく。次回もお楽しみに~(^^♪

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